細菌戦の系譜!! 

中国侵略戦争
細菌(生物)戦争
『BCGと人体実験』 美馬聡昭著

731部隊 ペスト研究、攻撃用か(1988年朝日新聞)
防疫研究室と昭和天皇の関係
1940年と2020年の東京オリンピック
731部隊と国立感染症研究所の問題
731部隊 行動示す新資料・埋もれた公文書
情報公開裁判「化学学校記事」「衛生学校記事」
ABC企画委員会
731部隊・100部隊展
記憶の継承を進める神奈川の会

 

『スパイの妻』黒沢清監督 ヴェネチア銀獅子賞に輝いた最高傑作!

映画『スパイの妻』

第77回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞した、黒沢清監督最新作『スパイの妻』。

731部隊が行なった生体実験、細菌戦を世界に訴えようとした勇気ある行動!!

世界は、もう事実を知っているのに、なぜ日本政府は、

 

きちんと事実を認め、謝罪しない??

 


ユーザーレビュー

 

古い名作小説のように、引き込まれる

たまたま手に取った古典や名作と呼ばれるような小説、文体やセリフ回しに少し時代を感じるが、意外にエンタメ性が潜んでいて、いつの間にか夢中になってページを繰っている。
そんな惹き込まれ方をする映画だった。

それは、引きの映像で長回しするシークエンスが多く、鑑賞者はどちらかというと、観察者の立場に置かれる感じがすることが、本を読むような感覚に近づけさせている。
あくまでメインとなる視点は、蒼井優が演じる主人公、福原聡子であり、例えば高橋一生演じる夫、優作が渡った満州の場面はシーンとしては描かれない。このため、シーンを絞って展開される演劇に近い。
また、優作などとの会話には、聡子は優作が女と情を通じたように思うなど随所に古めかしい価値観が透けて見え、それがより古い作品に触れているような感触を残す。

このあたりを単純に古臭いと捉えるか、あくまで画面構図、セリフのこだわりとみるかで好みや評価が分かれそうに思う。私の場合には、先のような世界に惹き込まれる装置として働き、この作品に没頭できた。

サスペンス風で進む本作にあって、あまり内容に立ち入った感想は野暮かなと感じ、そこは避けておこうと思う。

あと意外だった点は、戦争の教訓めいた部分があると思いきや、そこをあまり感じなかったことだ。
あくまで、戦争の足音が迫る1940年という時代において、戦時下で統制を強める憲兵をはじめ、満州関東軍、米国と当時の時代状況がうまく映画の舞台として機能していたことに、感銘を受けた。

あくまで、コスモポリタンを標榜し人権を守ることを貫こうとする夫と添い遂げようとする妻。その物語だった。登場人物のセリフや画面の作り方から芸術性を放ちながら、その裏でエンタメ性を秘している。そんな映画だ。ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞もうなづけ、映画好きにはぜひ見てほしい。

 

黒井秋夫講演会

 

 

 

 

 
パネル展「731部隊 戦前・戦後の医学」

『従軍日記』 小津安二郎

 
森友・加計問題などで公文書改ざん、事実の隠蔽などが問題になっているが、敗戦時の証拠隠滅、文書焼却、事実の隠蔽は、その比ではない!今も続く歴史改ざん!!           
 

 

※30年経過したら、すべての情報を公開せよ!!

 

  新宿・謎の人骨100体・731部隊【歴史解説】

1989年7月22日、新宿で謎の人骨が大量に発見された

    関東大震災と朝鮮人虐殺「なかった」ことにしたい集会、誰が参加するの か?   

                   

 

    歴史改ざん(「風を読む」)

 

       
 
                 【日航機墜落事故の真相】
 
今の日本の実態!!




 

 

●今の日本人は、まさかと思うかもしれない。


今、世界中で猛威を振るっている新型コロナウィルス。これは、細菌戦(生物戦)ではないのか?
過去に、日本が中国で行なった細菌戦のように。(以下は現在分かっている細菌戦)

 日本政府・日本医学界が、真摯に過去に向き合い、生物兵器を作ったことを謝罪し、今のこの難局に立ち向かわない限り、オリンピック開催はないであろう。

 

 

東大医学部を卒業、将来を期待される医学者でありながら、731部隊の恐ろしい体験から、そしてその731部隊に参加したという罪の意識から、戦後医学者の道を捨ててしまった男、秋元寿恵夫

731部隊員(第十課 血清班班長)秋元寿恵夫の言葉

「もしもバイオテクノロジーが軍事研究の魔の手に捕らえられた時の行き先がどうなるのかの危険性は、「ひょっとしたら人間の知能などを変える」どころか、さらには人類にとって取り返しのつかない害悪をもたらす生物兵器の出現につながっていくかもしれないのである。」


1939年 731部隊 ノモンハン戦争にて細菌戦(チフス菌、コレラ菌赤痢菌)を行う
*1940年は皇紀2600年(神武が即位して2600年??)東京オリンピックや万博が開催される予定であったが、戦争の為中止!!
1940年 6月4日  731部隊、農安大賚・農安で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月 4日   731部隊、衢州で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月27日  731部隊、寧波で細菌戦(ペスト菌)を行う
1941年11月4日  731部隊湖南省常徳で細菌戦(ペスト菌)を行
1942年17月 100部隊は、ハイラルの北約120キロのソ連国境で行なった「三河演習」で鼻疽菌の生存期間を測定、炭疽菌の土 壌への浸透力の調査した 
8月  731部隊湖南省江山、常山、衢県、麗水、江西省広信、広豊、玉山で細菌戦(ペスト、コレラチフス)を行う
1943年12月  100部隊第2部に細菌戦準備の第6科を設置


【コロナは生物兵器か】人工のコロナウイルスショックによる文明の転換点 船瀬俊介氏が語る

 




米軍300人が新型コロナの感染が広がる前に武漢にいたという。
新型コロナウィルスを撒いたのは??

 

10分で学びなおす 「731部隊」より(『週刊現代』より)



 
 

 

 

1929年11月7日昭和天皇陸軍軍医学校視察

 

 

731部隊は、石井四郎が、細菌戦の司令塔ではなかった。誰が裏で司令塔になっていたのだろうか?小泉親彦陸軍軍医総監、宮川米次第5代東大伝研所長、大元帥昭和天皇等がバックにいた。

 

 

NHKスペシャル 「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」 2017年8月13日

 

 

●日本政府は、新宿戸山の軍医学校跡地(現国立感染症センター)から見つかった人骨の身元調査を早急にして、遺族に返還し、きちんと謝罪すべきだ!!

 

731部隊被害者遺族の訴え!!        

 

 


 

 

 1929(昭和4)年 実験医学雑誌第13巻雑報

 

雑報

学友会へ寄付

学友会へ次の通り寄付ありたり

金壱百円也    宮川米次君

         田宮猛雄君

金弐拾五円也   柴田信

 

7月中職員異動調

昭和4年8月1日伝染病研究所

日    異動事項           官職

6.30  昭和4年6月30日付願

    研究生退学の件許可す      青木勉

 

7.2  神奈川県下へ出張を命ず 技手 秋山猛

4.4  昭和4年6月1日付願

   研究生入学の件許可す       村田広次

7.9  昭和4年7月8日付願

   研究生入学の件許可す       安田宗一

7.10  昭和4年7月10日付願

   研究生入学の件許可す        篠崎芳郎

 

  伝染病研究所の写真は、『傳染病研究所』小高健著より 

 

   

この新型コロナウィルスがどこで作られたかは分からないが、細菌戦の系譜をたどると、日本は、戦時中、1925年のジュネーブ議定書を無視して、中国で細菌を製造し、細菌戦を行なった。戦後、731部隊での研究データをアメリカに渡し、731部隊員は全員戦犯免責され、アメリカは生物戦の研究を本格的に始めた。
日本政府は、中国で行った細菌戦や生体実験の事実を、(日本の裁判所は事実認定をしている)未だに隠し続け、その事実を認めていない。勿論謝罪もしない。日本軍が中国に遺棄してきた生物兵器は戦後、どのようになったのだろうか?
この新型コロナウィルスに影響しているのだろうか?
今、日本人は過去に犯した戦争犯罪を直視し、きちんと歴史事実に向き合う時ではないのか?

 

 

●細菌戦裁判資料集シリーズ・第8集(2002年10月31日)

「731細菌戦裁判・第1審判決特集号」の発行にあたって 

本書第8集は、細菌戦裁判の第1審判決(東京地方裁判所民事第18部)の後、開催された判決報告集会、記者会見、意見交換会等での発言を編集したものです。

 

 

第2部

第1審判決に対する原告団弁護団の怒りの声と控訴審の決意

2章 細菌戦被害調査委員会から

 

日本は真の民主国家ではない

 

 王培根(浙江省細菌戦被害調査委員会、崇山村)

 

この判決には中国の被害者としては不満ですが、弁護士の皆さんには感謝しなければいけません。弁護士の皆さんは我々の為に、また、正義の為、日中友好の為に大変なことを成し遂げられました。そして、日本の友人たちは正義の為に我々を支援して、我々の身に起こったことを、まるで自分の身に起こったことのように怒ってくださいました。日本の友人たちにも感謝の意を表明したいと思います。

 

 

 

 
731部隊員が多く入った国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)や自衛隊などでの生物兵器の開発・研究も行われているのではないか?

     731部隊の行なった細菌戦

 

●日本政府は、731部隊の罪業を、公開せず、秘匿し、戦後全く無反省である!!最高責任者の昭和天皇も戦犯免責された!!

安倍晋三は何でこんな行動がとれるのだ??無反省のまま、ずっと生き延びられるのか??
安倍首相の731戦闘機試乗 「止まらない挑発」の非難

 

           

2013年5月12日、安倍晋三宮城県東松島市航空自衛隊基地を訪問して、機体番号が‘731’であるアクロバット飛行団訓練機の操縦席に座りサムズアップして写真に収まった。

           

731部隊全景(中国に於いて人体実験を繰り返し、細菌兵器を開発し、中国各地で細菌戦を行なった。)
旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求めます!

731部隊新発見公文書の中身とは 細菌研究を明記

 

 

 

 

 

●『1931 満州鞍山守備兵 斉藤準太郎の日記』

 

 

三月九日

 今日は一日遊べると思い 経理検査準備の為に夏冬全部被服を出して整理を始めたのに 午前九時半整列を致して狭サイ射撃を始めると云ふて午前中ではない。二等兵ばかり行って予行演習を始める。午後射撃をすれど割合に上手なものだ。放砂水を湯にする為に野火に集まってくる小供たちと無駄話を始める

明日の奉天模擬戦の話を始めたり。満期の話に日を暮らし 来るべき楽しき日を指折り数えつつ。三日間の留守にした初年兵が八時には帰って来てまたにぎやかになるだろう。

中島は分遣に内藤は分遣に楽しき日 十二日の僕は撫順行き?

 

    

大江健三郎

ヒロシマノート」岩波新書(1965年発行)

 

 


 

 
挿絵カット 丸木位里・赤松俊子『ピカドン』(1950年86ポツダム書店発行)より

 

Ⅱ 広島再訪

  重藤原爆病院長は、大方の急に病勢の昂進した原爆症の死者の場合と同じく、彼の死についても、なぜこのように脆く衰弱するのかと、悲し気に、また訝り気に、言葉を曇らせるのみであった。原爆症の患者の全身衰弱による死を数知れず見てきたこの医学者にも、それについてはなお、恐らくは生命の抵抗力の本質的な部分に、原爆が大きな欠落を生ぜしめていたのだというほかないのである。

 

 

 

 

唯一の戦争被爆国 日本政府は核兵器禁止条約に署名・批准してください!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  日本は、日中戦争国際法に違反して、細菌戦、毒ガス戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!

 

●『細菌戦部隊』

731研究会編   1996年9月(核時代51年)初版発行

 

Ⅰ 731部隊

 

生体解剖をやらされた

意識がはっきりとしている“マルタ”の手足を解剖台に縛り付け・・・

 

鎌田信雄(かまたのぶお)

731部隊・少年隊

(経歴)

1923年生まれ

1938年 731部隊入隊

1940年 新京の防疫でペスト感染

1943年 病気療養の為帰国

■この証言は1994年6月、1995年10月ほかの聞き取りをまとめたもの。

ペスト流行

 

 その時のことです。隊長の命令で、ペストで死んで埋められた死体を掘り出して、肺や肝臓などを取り出して標本にし本部に持って帰ったこともありました。各車両部隊から使役に来ていた人たちに掘らせ、メスで死体の胸を割って肺、肝臓、腎臓を取ってシャーレの培地に塗る。明らかにペストにかかっていると分かる死体の臓器をまるまる持って行ったこともあります。私にとっては、これが一番いやなことでした。人の墓をあばくのですから・・・・・。ここで採ったシャーレのペスト菌は、新京の国立衛生技術廠で培養されてオヤジの所に送られたわけです。

 

 

 

 

 『証言 人体実験(731部隊とその周辺)』


中央档案館、中国第2歴史档案館、吉林省社会科学院編
江田憲治、兒嶋俊郎、松村高夫編訳

 


 細菌兵器製造の為の大がかりな鼠類収集

 

榊原秀夫自筆供述書(1955年4月11日)

〔略〕

〔捕鼠器は各支部の必要に応じ〕731部隊で受け取ることとなった。

会同後、航空班の飛行機で安達の演習場を見学に行った。その演習場は中国人を使って細菌実験をする場所で、滑走路と2つの兵営があり、准尉1名の指揮する兵士30余名と、各支隊から配属された兵士もいた。

   (1)119-2、8、1 第5号

 

*訳注:本証言省略部分については、滝谷前掲書、74~76頁の日本語原文を参照されたい。

 

●毒ガス戦
・『日本軍の毒ガス兵器』  松野誠也著

第1章毒ガス兵器の製造と教育

4 毒ガス戦の訓練や教育はどのように行われたか

危険な「実物体験主義」教育

 また、野外の演習でも危険な訓練が行われている。ある兵士は、「ある日の午後の演習で、きい剤を94式軽装甲車で敵陣地前に撒布、夜陰に乗じて撒毒地内に将校斥候〔偵察〕として侵入したものの防毒袴(こ)〔ズボン〕のみ着用し、防毒面、手袋等は着用していなかったことから、全員失明寸前となり激痛と涙で行動不能となった。夜明けを待って陸軍習志野病院に収容されたが、この時の傷には戦後も苦しめられた」と証言している。これは軽装備で撒毒地に進入させるという非常に無謀な訓練が行われていたことを示すものである。

 

 


 

 

 

 

 

 

 ・『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店 1995年発行)

 

 

 

 

 1章 「陸軍科学研究所」-日本の毒ガス兵器のゆりかご

 

陸軍第6技術研究所

化学兵器の研究方面では、東京大学の朝比奈秦彦教授を東部班の班長に任命して、東京大学東北工業大学北海道大学の医学、化学、工業方面の研究者を組織させ、大阪大学の真島利行教授には西部班の班長として大阪大学京都大学の研究者を組織させた。日本が敗戦になった時には、これらの人々も含めて研究所の総勢は700人に達しており、その内、将校や技師80余人が本部と8つの支部に配置されていた(表―5参照)。 

 

 



 
 
 

 

 

 

日本軍の毒ガス戦と遺棄毒ガス問題

 

●『三光』     中国帰還者連絡会
日本鬼子(リーベンクイズ)

 

毒ガス実験

―8名の農民を生体実験に

 

三上忠夫

軍曹

〈略歴〉

本籍地     千葉県銚子市

出身階級    漁民(小資産)

学歴      尋常小学校6年中途退学

卒業後の職業  漁師

最終部隊    旧59師団歩兵第54旅団独立歩兵第45大隊

捕虜年月日場所 1945年8月23日 北朝鮮咸鏡南道興上里小学校

年齢      37歳

 

助教助手集合」教官室の方で叫ぶ声がして出て行ったかと思うと、すぐ内務班長の篠原軍曹が「全員そのまま聞け。今のから出動する。服装は出動の乙だ。今から20分後に出発する。行く先は後で話す。早く準備しろ。山内兵長はすぐ本部へ行って赤筒(注・クシャミ性の一次性ガス)を10本受領してい来い」「ハッ」・・・今まで静かだった内務班は急にざわめき出し、まるで蜂の巣をつついたような大騒ぎをしながら、出動準備に取り掛かった。

 

 

 

 

2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)

 



日米安保条約自衛隊を問う!!
自衛隊は、防護のためと言って、旧日本軍の細菌兵器・毒ガス兵器使用の反省・謝罪もないまま新たな生物兵器化学兵器を作っているのだろうか??憲法9条を持ち、生物兵器化学兵器禁止条約を批准しているにも関わらず!!


日本の毒ガス


●情報公開裁判
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?

731部隊関連の「情報公開裁判」に関する報告

和田千代子(731細菌戦部隊の実態を明らかにする会事務局長)

第4 私達の情報公開裁判闘争の目的

 以上の考察からも、防衛省が『衛生学校記事』や『化学学校記事』の頑なに隠蔽する背景には、戦前戦中の日本軍の生物化学兵器の実態の秘匿という戦争責任に関わる問題があると同時に、現在の自衛隊の生物・化学・核放射能に関連する準備状況を秘匿するという軍事情報の秘匿問題が存在していると私達は考えています。

 既に『衛生学校記事』『化学学校記事』の開示請求を出してから9年目、裁判になってから7年目を迎えます。

 私達は、2つの情報公開裁判は、日本政府の731部隊問題隠蔽との闘いであり、同時に「日米防衛協力指針(ガイドライン)のCBRN戦略反対の闘いであると位置づけて闘っています。

 

 



 

 

 

 

 

DEMO RESE TV「731部隊の真実part1」

 



 

 

・次回『化学学校記事」情報公開裁判は(第16回)東京地裁?号法廷(未定)は

12月16日(水)11:00~になりました。




1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊




 


●『BC兵器』久保綾三著(1969年)
※以下の記述から、自衛隊では、いま世界で流行している新型コロナウィルスなどの生物兵器の研究も大分以前からやっているといるのではないかと思われる。

3、沖縄―核だけなく毒ガスも

 

秘密の中のBC兵器

沖縄には極東随一の規模と言われる知花弾薬庫があり、ベトナム戦線に弾薬を補給しているが、毒ガスなどの化学兵器を扱っているのが第2兵站部隊である。1960年以前に、既に沖縄には陸軍化学兵団の分遣隊が常駐し、65年にこれを吸収、拡大して第2兵站部隊の弾薬部となるのだが、そこには、ズケラン基地から知花弾薬貯蔵地域に本部を移した第267化学中隊、辺野古弾薬貯蔵地域に駐留する第137部器中隊、グアム島に派遣されている第515部器中隊の3特殊中隊が所属して、核や化学兵器を管理している。

 昭和天皇の戦争責任を問う!!


天皇万歳に浮かれる無責任国家  田中利幸より

重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。


 


 



昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)

吉田裕監修 

 

 

 

 


昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!

戦後補償問題に国家無答責という天皇主権の明治憲法下の原則を適用するな!!
  

     



4部 内省なきその人生

1945(昭和20)年―1989(昭和64) 年

 

第十四章  創り直された君主制

 戦争の本質について、このような広く流布した見方をしたため、天皇やその側近、そして有力な保守的指導者たちは、およそ敗北の原因と新日本の建設との関連性を追究できなかった。そして彼らはいまや、自分たちのそのやり方をアメリカの占領者を意識して手直しするのだった。

 

 

 

 



731部隊員が戦犯免責され、ABCC(原爆傷害調査委員会)に協力した。その結果、アメリカの原爆投下を日本政府は問うことは無く、また被爆者は、ABCCに治療されることもなかった。そして日米安保条約の下、核兵器の廃絶に日本政府は後ろ向きである!

 

日本には多くの被爆者がいるのに、日本政府はなぜ核兵器禁止条約に署名しない?

地球の温暖化や異常気象の最大の原因は、今までの2000回以上の核実験や原発事故などの放射能汚染で地球が壊れてきているからではないのか??米の原爆投下責任と核実験をしてきた国の責任を問う!!


●『二酸化炭素温暖化説の崩壊』広瀬隆(集英社新書 2010年発行)

第2章 都市化と原発の膨大な排熱

 火力発電所原子力発電所のエネルギー効率の違い

 【図70】にその答えがある。アメリカで発電効率がぐんぐん上がって、それによって大幅なコストダウンを実現し、こうしてアメリカ・ヨーロッパで急速に普及したのが、コンバインドサイクルである。今やこれが先進国の発電の主流となって、エネルギー効率を高める努力が実っていることを、不勉強な二酸化炭素温暖化論者は何も知らずにいるのだ。

 

 

 

 

 

※私が考える、今の異常気象の要因は

1、1940年代から60年代にかけて大規模に行われた、核実験による環境破壊の影響

2、都市化したコンクリートアスファルト)ジャングルによるヒート・アイランド現象

3、その結果による、交通機関(電車・バス・乗用車・航空機・船舶)やオフィス・住居などの冷暖房による排熱

4、自動車社会の排ガス

5、原子力発電による温排水の排出・・などに拠っているのではないか?

 

 

 

 

 

 

●核実験(ウキペディアより)

若くして白血病で亡くなった夏目雅子本田美奈子、また五輪候補選手だったスイマーが白血病になったのは、放射能の影響ではないのか?

2011年10月26日〜31日、国連総会で軍縮・国際安全保障問題を扱う第一委員会が52の決議を採択した。このうちマレーシアなどが提出した核兵器禁止条約の交渉開始を求めた決議[14]が127ヵ国(昨年より6ヵ国多い)の賛成で採択された。

2016年10月28日(日本時間)、国連総会第一委員会(軍縮)において、多国間の核武装撤廃交渉を来年から開始する決議案“Taking forward multilateral nuclear disarmament negotiations”(document A/C.1/71/L.41)が、賛成123、反対38、棄権16で可決された。アメリカイギリスフランスロシア日本は反対票を投じ、北朝鮮は賛成、中華人民共和国は棄権した。

 

 

水素爆弾の恐怖・ビキニ環礁 (アメリカ)

 

 

 




●核なき世界へ!!Toward a Nuclear-Free Future




核融合もすべきではない!!
20170303 小出裕章先生にきいてみた!!〜土岐市核融合科学研究所 重水素実験について





なぜ、日本は広島・長崎・ビキニ・JCO臨界事故・福島と5度も被爆しているにに、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!!

       

      

原爆投下された直後、日本は自らが原爆調査をして、731部隊(人体実験や細菌戦)の事もあるので、アメリカの心証を良くしようと考えた。そして科学者を総動員して原爆調査(被爆者を救済するための調査ではなく、原爆の威力調査)を181冊の調査書にまとめて、英訳し、アメリカに渡した。その後、731部隊員は、731で研究したデータを渡し、戦犯免責を受けた。原爆調査書は被爆者の治療には全く生かされず、日本の医学界は、原爆の放射能被害については、何も言及しなかった。そればかりか、その後のアメリカの原爆・水爆実験も批判せず、その被害を過小評価した。そして日本政府が、原子力の平和利用として原発を推進する政策にも、大きく加担している。

XII) 731部隊、広島長崎、チェルノブイリ、福島より

・・第二次世界大戦中、日本軍は3000人もの医師たちが関わったとされる731部隊により、妊婦や子供まで含めた人体実験が行いました。極東裁判では捕虜虐待死の容疑で死刑に処された軍医幹部もいる中、731部隊関連者は訴追されませんでした。戦後、「研究データを米軍に提供すること」、さらにはなんと、「広島・長崎の研究に協力すること」を引き換えに免責されたのでした。

2010年のNHKの番組で、「(米国への研究データの提供のほかに)原爆調査への協力を731部隊の免責のカードとして使った」という元陸軍軍医の証言がありました。

封印された原爆報告書




水爆実験
水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が
被爆した!!

 


 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 
 

 

 

 

           

JCOの臨界事故


福島第1原発事故

核兵器廃絶
徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!

日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか
水俣病


731部隊(unit731)
昭和天皇の戦争責任を問う!!天皇制反対!