細菌戦の系譜!!

                     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

I want the United Nations to do everything in its power to stop Russia's invasion of Ukraine! !!
 
 
Article 9 of the Constitution to the World Constitution! !!
 
Article 9 The world sincerely seeks international peace based on justice and order, and the war in which national rights are exercised and the threat or use of force by force are forever used as a means of resolving international conflicts. Abandon.
②, In order to achieve the purpose of the preceding paragraph, the Army, Navy, Air Force and other forces, will not hold this. The state's right to engage does not recognize this.
 
Я хочу, чтобы Организация Объединенных Наций сделала все возможное, чтобы остановить вторжение России в Украину! !!
 
 
Статья 9 Конституции в Конституцию Мира! !!
 
Статья 9. Мир искренне стремится к международному миру, основанному на справедливости и порядке, а война, в которой осуществляются национальные права, а угроза силой или ее применение навсегда используются как средство разрешения международных конфликтов.
② Для достижения цели предыдущего абзаца армия, флот, военно-воздушные силы и другие силы не будут его удерживать. Право государства заниматься этим не признает.

 

 

 

 
国連はロシアのウクライナ侵攻をやめさせることに全力で取り組んでほしい!!
 

 

 

憲法9条を世界憲法へ!!

第九条 世界は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 

Русские солдаты! !! Часть 2 Russkiye soldaty! !! Chast' 2(ロシアの兵士の皆さん!!パート2)

 

 
 
ロシア軍兵士の皆さん!!
直ちにウクライナから
撤退してロシアに戻りましょう!!
 
Русские солдаты! !!
Сразу из Украины
Отходим и возвращаемся в Россию! !! 
Russkiye soldaty! !!
Srazu iz Ukrainy
Otkhodim i vozvrashchayemsya v Rossiyu! !!

NO WAR!! STOP PUTIN!!
ロシアはウクライナ侵攻をやめろ!!
 

 
 
 

 
 

プーチン氏逮捕に懸賞金1億円 狙いは?投稿の“富豪”に単独取材(2022年3月4日)

 
 
 
 
 
 
 

ウクライナ侵攻反対!!

 
ロシアに抗議しよう!!
〒106-0041 東京都港区麻布台2-1-1
電話:03-3583-4224
FAX:03-3505-0593
E-mail: tokyo@mid.ru
 

 
森友記録を開示せよ!!
 
 
 

ソニアの日記

 

コタバル 伝えられなかった戦争(2011)

 

セピア色の証言ー張作霖爆殺(86)

 

開戦ー前編ー

 

 

なぜ医学界は、核被害を訴えないのか?

佐渡金山の世界遺産推薦問題に「歴史戦」とやらの余地はない



原発!!

 

 
佐渡鉱山と朝鮮人労働者(1939~1945) 
 
大元帥・現人神・昭和天皇と皇族の戦争責任を問う。
日本は戦争を起こしたことを全く謝罪しなくていいのだろか??
 
          重慶無差別爆撃

 

 
 

 
 
 
もしかすると中国人の人骨も京都大学にはあるのでは??
丹羽雅雄弁護士の話:遺骨という問題は非常に大きな問題なんですよ。死者の尊厳ですからね。死者の尊厳ということは、生きている人の尊厳につながっているんですよね。当時の帝国大学は色々な人骨研究をやっていますからね。そうすると恐らく朝鮮半島の御遺骨の問題も当然あるはずです。リストにありますからね。
それから、台湾もあるだろうし、東南アジアもあるだろうし、そういう風に広がっていく可能性があるんですね。遺骨の問題は先住民の大きな長い歴史の中で国際的にも重要な問題になっていると・・・
 
 
遺骨収集には、清野謙次の影響が強くあった。清野は731部隊長石井四郎の強力な支援者だった。(病理解剖の最高顧問)
 

南京大虐殺の真相

南京大虐殺:侵華日軍南京大屠殺 南京電影制片庁 21分

 

マギーフィルム(字幕付き)

 
 
政府は都合の悪いことはいつでも隠す
森友“改ざん”赤木さん妻が財務省に抗議文

川崎の徴用工 故・金景錫の闘い お話:梓澤和幸弁護士

トラウマ
●毒ガスの歴史(フリッツ・ハーバー)

●2021 9 17 浅井基文講演
細菌(生物)戦争

731部隊 ペスト研究、攻撃用か(1988年朝日新聞)

防疫研究室と昭和天皇の関係
1940年と2020年の東京オリンピック
731部隊と国立感染症研究所の問題
ABC企画委員会
731部隊・100部隊展
記憶の継承を進める神奈川の会

20201107 UPLAN 西里扶甬子「生物戦部隊731研究の現在地~今を生きる日本人が知るべきこと」

 
 

 

 

2021年 パネル展「731部隊 戦前・戦後の医学」アンケート

14日(日)

・若い時から石井四郎731細菌部隊には興味がありました。今日は詳しい説明をしていただき、改めて戦争とは?人間とは、民族とはと考えさせられています。

今回のパネル展示が末長く続きますよう・・・少しでも多くの人々にその残虐さが伝わり後世の人々の教訓となり、糧になり、平和で人間が人に優しくできる心のユトリが持てる時代が来ることを願います。

本日はありがとうございました。お疲れ様です。

(70代、市内)

 


 
 
 

 







原告たちのあまりに理不尽な被害

『JUSTICE 中国人戦後補償裁判の記録』(中国人戦争被害賠償請求事件弁護団 編著、高文研)評者:根岸恵子

 

 

         昭和への挽歌   野崎忠郎
 
                


 
 

 
自衛隊における731部隊の記述

「部外秘 参考資料 CBR講習資料」11頁 作成日時不詳 陸上幕僚監部化学科より

d旧日本軍の細菌戦活動

旧日本軍の石井部隊は又の名を関東軍防疫、給水、731部隊、加茂部隊、特25204部隊と呼ばれた。細菌戦闘専門の特殊部隊であった。隊の設立は昭和6(1931)年で満州の研究所完成は昭和10(1935)年である。日本軍細菌戦部隊の本拠は満州ハルビン郊外濱江省(ひんこうしょう)双城県平房の4階建近代建築でその中で遮断隔離の生活をしていた。設備は爆撃機(細菌撒布用)10機、1000kwタービン発電機2台である。この本部の元に、孫呉、海拉爾(ハイラル)、牡丹江、林口、大連の5支部があり、大連のものは大連研究所または松林機関とも言われていた。他の部課は細菌の攻撃方法、容器散布方法、防疫問題を研究していた。最も力を入れたのはヒタツリ菌(注:脾脱疽菌)であった。この菌を粉末にして榴散弾の70g位の鉛製弾子に混ぜ、これを砲弾内に詰め、炸薬が爆発すると弾子が飛散して人馬に感染さすようになっている。実験場所は731部隊研究所から北に300(?)㎞ばかりのアンダ飛行場を使用した。そして砲弾が爆発しても菌の40%は生きていること及び培養器に飛ばされた菌は確実に付着する事、負傷者は発病することが確認されている。1938年中国廬山の戦闘で日本軍が毒ガス、ホスゲンを使用したという2,3の細菌記録がある。この記録を持つ731部隊は1945年8月9日午前6時ハルビンの工兵、歩兵、砲兵によって徹底的に破壊され付属設備は地上から姿を消した。ソ連の対日参戦による退却の結果である」

 

長岡大学 研究論叢 第16号より(2018年8月)

・・・731部隊に関する概要が正確に記述されており、更に1938年に毒ガスを作戦で使用したことまで記している。これは化学学校の教育部長が、特殊課程の学生に講義した内容である。内容は事実であると確認して行ったと考えるほかはない。戦後自衛隊731部隊の実態とその活動を把握した上で、何ら反省することなく自衛官に「教育」してきたのである。また教科書裁判では日本政府は長きにわたり731部隊の活動の事実認定さえ回避してきたが、陸上自衛隊の内部教育資料にも明記されるほど、自衛隊幹部周知の事実だったのであり、日本政府は一貫して内外に虚偽の主張をしてきたと言える。

 

『日本医学百年史』1957年1月1日の731部隊の記述

 

日本医学界では731部隊の反省は戦後全くなされていないが、以下の書に731の記述が記されている。
『日本医学百年史』第4章 戦時体制下の医学 全体主義思想p236

 

「このようにして日本の医師の戦争政策への積極的な協力が行われていったのであるが、直接的な戦闘行為への協力の中で極めて非人道的な、目を覆わざるを得ないものに、細菌戦の準備があった。細菌戦の準備と実行を持った特殊部隊は、昭和10年(1935)夏、石井四郎を部隊長に満洲で編成され「関東軍防疫給水部」と称せられた。

昭和17年頃に「第731部隊」に昇格し、その研究、実験、製造は急に活発になった。(昭和14年ノモンハン事件に参加し、感状をもらっている)この部隊は細菌の製造、兵器としての細菌の利用、人体実験等を行い、施設として、常備爆撃機10機、1000kw発電機2台、隊員及び家族約6000名、年間研究費予算8000千円以上と言われている。

勿論、この部隊に多くの医学者が参加した。このことから、科学者としての責任の問題と同時に戦争責任が問題になってくる。

 

 細菌戦準備への医学者の参加は、戦争責任の最も極端な場合として提起したわけであるが、このことの深い反省の上に戦後の再建も始められる必要があったし、現在でもなお問題とされねばならない。」

 

 
第3章 生物戦の愚かな第1歩は、日本の731部隊からはじまった
 

 

 

 
 

731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第1回

 

731部隊と人権ー裁判から考える

731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第2回

731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第3回

731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第4回
731部隊被害者遺族を訪ねて(お話:大谷猛夫さん)

 
731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第5回
 
 
731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第9
 
731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第10
 
 

 
パネル展「731部隊 戦前・戦後の医学」
      医学と人権を考える―
 
メチル水銀中毒(「水俣病」)
水俣病」は、化学工場から海や河川に排出されたメチル水銀化合物を、魚、エビ、カニ、貝などの魚介類が直接エラや消化管から吸収して、 あるいは食物連鎖を通じて体内に高濃度に蓄積し、これを日常的にたくさん食べた住民の間に発生した中毒性の神経疾患です。
熊本県水俣湾周辺を中心とする八代海沿岸で発生し、始めは原因の分からない神経疾患としてあつかわれていました。その後新潟県阿賀野川流域においても発生が確認されました。
水俣湾周辺の水俣病については、昭和31年(1956)5月、初めて患者の発生が報告され、その年の末には、52人の患者が確認されました。 この疾患は昭和32年(1957)以降「水俣病」と呼ばれるようになりました。
阿賀野川流域の水俣病については、昭和40年(1965)5月に患者発生が報告され、その年の7月には26人の患者とそのうち5名の死亡が確認されました。 水俣病患者の認定は、公害健康被害の補償等に関する法律に基づき関係各県の知事および国によって行われます。
 
『医学者は公害事件で何をしてきたのか』 津田敏秀著
 
食品衛生法を適用していれば
 
四日市公害ーその教訓と21世紀への課題』には、水俣病事件当時の熊本大学医学部の様子が記載されている。著者は、「水俣病の原因が熊本大学医学部の喜田村教授(公衆衛生学)らの努力で、その疫学的研究によって、患者発生からわずか6か月後の昭和31年(1956年)11月には「水俣病の原因は、工場廃水中に含まれている何らかの化学物質による魚介類の汚染による食中毒の疑いが強い」という報告が出された」「疫学調査の結果から、この「水俣奇病」が、その症状がウィルス性感染症である小児麻痺に似ていることから名付けられた「異型小児麻痺」という伝染病(当初は伝染病予防法に基づいて地域の各戸の消毒をしていた)ではなく、工場廃水による化学性中毒症の可能性を強く指摘された喜田村教授は、大学研究室(京大医学部公衆衛生学教室)での私の直接の先輩に当たり、喜田村教授が京大医学部の助教授の時、私は先生の直接の部下に当たる助手であっただけに、この問題は他人事ではないという気持ちだった」「もし最初から、疫学的な因果関係の立証で事態を前向きに解決させようという考えがあったならば、死児の齢を数えるわけではないが、水俣病は現在のような数千人を超える患者に係る長く続く泥沼のような問題ではなく、昭和31年(1956年)の時点での約50名程度の患者の範囲で終わり、充分な対策と救済が成立していたであろうことを考えると、この問題をどうように考えるかが、環境問題解決の最大の鍵を握ることがよくわかる」と述べている。
 
 
 
 
 
 

隠された毒ガス兵器

 
小津安二郎も毒ガス部隊だった
 

『従軍日記』 小津安二郎

森友・加計問題などで公文書改ざん、事実の隠蔽などが問題になっているが、敗戦時の証拠隠滅、文書焼却、事実の隠蔽は、その比ではない!今も
続く歴史改ざん!! 
    

※30年経過したら、すべての情報を公開せよ!!

 

関東大震災と朝鮮人虐殺「なかった」ことにしたい集会、誰が参加するのか? 

 

     

 

 

●今の日本人は、まさかと思うかもしれない。


日本政府は、真摯に過去に向き合い、生物兵器を作ったことを謝罪し、今のこの難局に、立ち向かうべきだ!!

 

 

東大医学部を卒業、将来を期待される医学者でありながら、731部隊の恐ろしい体験から、そしてその731部隊に参加したという罪の意識から、戦後医学者の道を捨ててしまった男、秋元寿恵夫

731部隊員(第十課 血清班班長)秋元寿恵夫の言葉

「もしもバイオテクノロジーが軍事研究の魔の手に捕らえられた時の行き先がどうなるのかの危険性は、「ひょっとしたら人間の知能などを変える」どころか、さらには人類にとって取り返しのつかない害悪をもたらす生物兵器の出現につながっていくかもしれないのである。」


1939年 731部隊 ノモンハン戦争にて細菌戦(チフス菌、コレラ菌赤痢菌)を行う
*1940年は皇紀2600年(神武が即位して2600年??)東京オリンピックや万博が開催される予定であったが、戦争の為中止!!
1940年 6月4日  731部隊、農安大賚・農安で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月 4日   731部隊、衢州で細菌戦(ペスト菌)を行う
10月27日  731部隊、寧波で細菌戦(ペスト菌)を行う
1941年11月4日  731部隊湖南省常徳で細菌戦(ペスト菌)を行
1942年17月 100部隊は、ハイラルの北約120キロのソ連国境で行なった「三河演習」で鼻疽菌の生存期間を測定、炭疽菌の土壌への浸透力の調査した 
8月  731部隊湖南省江山、常山、衢県、麗水、江西省広信、広豊、玉山で細菌戦(ペスト、コレラチフス)を行う
1943年12月  100部隊第2部に細菌戦準備の第6科を設置

 

 

 
 
 
戦争犯罪と戦争責任を考える(帝銀事件捜査から)山田朗(『日中友好新聞』2022年2月15日号より)
帝銀事件というのは1948(昭和23)年1月26日に起こった銀行強盗殺人事件である。12人が毒殺されるという日本犯罪史上でも特異な事件だ。この事件は、同年8月に容疑者として画家・平沢貞通が逮捕され、裁判の結果、1955年に最高裁で死刑が確定した。
 しかし、平沢犯行説には多くの疑問があったため死刑は執行されず、さりとて釈放もされず、平沢は再審請求をしながら1987年に95歳で獄死した。
 

  

 
 
 

黒い太陽731(1)

 

 
 

 

 

1929年11月7日昭和天皇陸軍軍医学校視察

 

 

731部隊は、石井四郎が、細菌戦の司令塔ではなかった。誰が裏で司令塔になっていたのだろうか?小泉親彦陸軍軍医総監、宮川米次第5代東大伝研所長、大元帥昭和天皇等がバックにいた。

 

 

NHKスペシャル 「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」 2017年8月13日

 

 

●日本政府は、新宿戸山の軍医学校跡地(現国立感染症センター)から見つかった人骨の身元調査を早急にして、遺族に返還し、きちんと謝罪すべきだ!!

 

731部隊被害者遺族の訴え!!        

 

 

東大伝研とは戦前、どんなことをやっていた機関なのか?

1934年6月、宮川米次と阿部俊男は何をしに満洲国へ行ったのか?

満洲衛生技術廠とは、一体何をやっていたところなのか??

東大伝研は731部隊と連携を図っていなかったのか??

伝研で毒ガスの講演?毒ガスへの対処法も考えることになるのか??

 

実験医学雑誌第18巻雑報

 

18巻12号(1934年)

実験医学雑報18巻 1407頁 (1934年)

総説

満洲国に於ける見聞

    宮川米次

第6章 満洲国医育及び医療機関の将来

僻地施療施設

 

満洲国内多くの僻地は診療の施設に欠くるも建国以来この点に留意の各種の機関を促してその機能を発揮し又公医を配置してその任に当たらしめおるも国境地方に於いては少しもその恵みに浴する能わず。しかもこれら国境に於いては一朝有事の際は他に比しより多くの診療施設を必要とすべし。依って国境地点に当たる漠河、呼瑪、奇克、烏雲、佛山、撫遠、同江、饒河、虎林、綏芬河、密山、嘉北、奇乾、室葦、庫克博多、満洲里の16か所に診療所を設置し、当時満人医師日人助手を駐在せしめこの診療に当たらしめ貧困者を施療し地方民を愛撫し更に1か年2回ぐらい(期間2か月)その付近を巡回施療し地方民をして恩恵に浴せしめば文明施設に信頼を得るのみならず、一面に於いて国境方面に於ける事情を明らかにする一助たらんと信ず。これに要する経費次の如し。

 
 

 

  伝染病研究所の写真は、『傳染病研究所』小高健著より 

 

   

この新型コロナウィルスがどこで作られたかは分からないが、細菌戦の系譜をたどると、日本は、戦時中、1925年のジュネーブ議定書を無視して、中国で細菌を製造し、細菌戦を行なった。戦後、731部隊での研究データをアメリカに渡し、731部隊員は全員戦犯免責され、アメリカは生物戦の研究を本格的に始めた。
日本政府は、中国で行った細菌戦や生体実験の事実を、(日本の裁判所は事実認定をしている)未だに隠し続け、その事実を認めていない。勿論謝罪もしない。日本軍が中国に遺棄してきた生物兵器は戦後、どのようになったのだろうか?
この新型コロナウィルスに影響しているのだろうか?
今、日本人は過去に犯した戦争犯罪を直視し、きちんと歴史事実に向き合う時ではないのか?

 

 

●細菌戦裁判資料集シリーズ・第8集(2002年10月31日)

「731細菌戦裁判・第1審判決特集号」の発行にあたって 

本書第8集は、細菌戦裁判の第1審判決(東京地方裁判所民事第18部)の後、開催された判決報告集会、記者会見、意見交換会等での発言を編集したものです。

 

 

第6部

資料・731部隊細菌戦裁判

第1審判決全文

原告らの主張 (別紙3)

第6部

資料・731部隊細菌戦裁判

第1審判決全文

原告らの主張 (別紙3)

日本軍による中国への細菌戦の実行(事実論)

第4 本件細菌戦の残虐性

2 本件細菌戦による被害の重大性

(6)地域社会の破壊

こうした環境破壊と共に、細菌戦の被害は、人間の社会的関係の破壊となって影響を与える。伝染病は、人々を隔離したり疎開させたりすることによって、人と人の交流を困難化させ、生き残った人の生活をも破壊していくのである(甲93の1参照)

 原告ら細菌戦の被害地住民にとって、細菌戦による被害は、戦争一般による被害には解消できないものである。何十年経とうと、原告らの被害は癒されることがないのである。

 

(7)以上の通り、日本軍による細菌兵器を使ったジェノサイドの被害は、ナチスアウシュビッツでの残虐さと同罪であり、過去に例がないほどの残虐のものであった。

 

 

 
731部隊員が多く入った国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)や自衛隊などでの生物兵器の開発・研究も行われているのではないか?

     731部隊の行なった細菌戦


 

●日本政府は、731部隊の罪業を、公開せず、秘匿し、戦後全く無反省である!!最高責任者の昭和天皇も戦犯免責された!!

安倍晋三は何でこんな行動がとれるのだ??無反省のまま、ずっと生き延びられるのか??
安倍首相の731戦闘機試乗 「止まらない挑発」の非難

 

           

2013年5月12日、安倍晋三宮城県東松島市航空自衛隊基地を訪問して、機体番号が‘731’であるアクロバット飛行団訓練機の操縦席に座りサムズアップして写真に収まった。

           

731部隊全景(中国に於いて人体実験を繰り返し、細菌兵器を開発し、中国各地で細菌戦を行なった。)
旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求めます!

731部隊新発見公文書の中身とは 細菌研究を明記

 

 

 

 

 日本の中国東北侵略から91年

●『1931 満州鞍山守備兵 斉藤準太郎の日記』

 

 

「1931」斉藤準太郎の日記

はじめのことば

父が満州の鉄道と炭鉱の守備兵としての役割をどのように考えていたのか、現地でじかに中国人やロシア人に触れてどのように感じたのか、一方、若者の感性や認識に軍の教育がどのような網をかぶせ、植民地を正当化するように誘導していったのか。おぼろげに見えた気がします。

 

 

「ずっと父が嫌いだった」

 

 
 
 
軍都広島での物語

知られていない 8月5日までの 広島 バージョン2

原爆詩集
・・・一九四五年八月六日、広島に、九日、長崎に投下された原子爆弾によって命を奪われた人、また現在にいたるまで死の恐怖と苦痛にさいなまれつつある人、そして生きている限り憂悶と悲しみを消すよしもない人、さらに全世界の原子爆弾を憎悪する人々に捧ぐ。
 

ある婦人へ

 

  

あたらしくかぶさる爆音のもと

わたしは語ろう

わたしの怒り

あなたの呪いが

もっとも美しい表情となる時を!

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  日本は、日中戦争国際法に違反して、細菌戦、毒ガス戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!

 

●『細菌戦部隊』

731研究会編   1996年9月(核時代51年)初版発行

Ⅲ 細菌戦部隊の周辺

 

防疫研究室経理部とは

細菌培養缶や実験用ネズミの代金を支払った

 

天野良治

防疫研究室

 

〈経歴〉

1918年生まれ

1940年 近衛歩兵第1連隊に入隊

1941年 陸軍経理学校に入校

1942年 防疫研究室に配属

1943年 中国・九江の兵站部付

1944年 新潟・船舶兵団付

*この証言は「人骨焼却公金支出差止請求訴訟」の為に準備をした。“陳述書”よりまとめたもの。

 

防疫給水部の業務

昭和17年5月に入り南方軍防疫給水部(9420部隊)が編成され内藤良一少佐(当時)、井村中尉、天野技師、宮田技手らが転属して行きました。日がたつにしたがって五軍の防疫給水部(関東軍、北支軍、中支軍、南支軍、南方軍)へ転属して行く人や逆に転属してくる人からの情報と、主計の業務である五軍の防給に補給する物資から、以下のことを知りました。防疫研究室は生体実験を伴う細菌戦の研究、実験、実施を目的とした、細菌戦部隊(5つの軍防疫給水部、5つの支部、63の師団、野戦防疫給水部)を統括する中枢機関であるということです。

 

 


戦時中の東南アジアの様子(731部隊員増田知貞が撮影したフィルム)

日本軍政下香港(1997.7.27)

 

 
 
 
 

●証言

生体解剖(旧日本軍の戦争犯罪

中央档案館

中国第2歴史档案館

吉林省社会科学院編

 

江田憲司

兒島俊郎

古川万太郎編訳






解説

1 生体解剖・人体実験の背景

 

生体解剖・人体実験の被害者

それでは、この日本軍の軍医らによる解剖や人体実験の犠牲となったのは、どのような人々であったのだろうか。ここでは戦闘員か非戦闘員かを主な基準として、

(1)八路軍や国民党軍兵士、地下工作員など抗日軍関係、

(2)「愛国者」あるいは単に「捕虜」とあって(1)に準ずるとみなされるもの
        (「愛国者」はやや曖昧な表
現であり、単に「捕虜」とあるものも抗日軍
          容疑の一般住民である可能性もある)、

  (3)  非戦闘員(一般住民)

(4)中国人とのみあって職業や階層が不明なもの・その他(朝鮮人・ドイツ人各
         1名、ロシア人5~6名を含む)
に分類し、各省別に見てみると次のようにな
         る。

黒龍江  

(1)八路軍・抗日地下工作員共産党系)      3人

(2)愛国者(農民1・警官3を含む)        11人

(4)中国人                      1人

吉林

(1)抗日軍・東北義勇軍               15人

(2)愛国者                       8人

(4)中国人・窃盗犯                                                          3人

遼寧

(1)中国抗日戦士・抗日地下工作員。抗日部隊連絡員 8人

(2)憲兵隊拘留犯・死刑犯             2人

 

(4)中国人・朝鮮人・ドイツ人・ロシア人・少年    26人

 

 

●毒ガス戦

 
・『日本軍の毒ガス兵器』  松野誠也著

第8章 戦後史の中の日本軍毒ガス兵器問題

 

 

2、遺棄毒ガス兵器の発見と被災

 

毒ガス兵器の発見と被災

 

  ところで、国内で発生した毒ガス兵器の発見による被災事件を類型化すると、次のようになる(「順不同)(拙稿「国内の日本軍毒ガス兵器問題を考える」)

①漁師が操業中に引揚げて被災したケース

②浚渫作業中に引揚げて被災したケース

③岸に漂着した缶に触れて司被災したケース

④砲弾サルベージで潜水作業中に被災したケース

⑤古物商や屑鉄業者が解体作業中に被災したケース

⑥掃海作業中に被災したケース

⑦工事中に地中から発見されて被災したケース

⑧毒ガス兵器発見の届出を受けた警察官が被災したケース

自衛隊員が処理作業中に被災したケース

⑩処理作業を見物中の住民が被災したケース

⑪海水浴中に発見し、解体中に被災したケース

また、毒ガス兵器そのものに直接触れた訳ではない被災のケースとして、

⑫防毒衣の処理作業中に被災したケースと

⑬魚網に毒ガスの塊が付着して被災したケースがある。

 
 
 

 

 

第1次世界大戦では、毒ガスが大量に使われた。

百年の悲劇は、ここから始まった1

 
 

 
 

・『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店 1995年発行)

 

第10章 残酷な人体実験毒ガス実験

「戦犯管理所」からの証言

 

馬・驢馬15頭を用いて、イペリットの実験を行った。飼料の中にイペリットを混入して馬、驢馬に与え、水を口に流し入れたところ死亡した。外部からイペリットを放ったところ、麻痺を起こして死亡した。

一時的にくしゃみを起こさせる毒ガスの効力実験。宜昌作戦において逮捕した70名の抗日軍捕虜の手足を縛り、壕内ないし隠蔽した砲座内に入れ、12門の迫撃砲及び1門の野砲で、20分間連続してくしゃみ性毒ガス弾を発射し、その後訓練に参加した日本兵士たちを現場に連れて行って観察させた。その結果、砲座内に入れられた1名が苦しんでいたほかは、全員毒ガスによって死亡した。

 

SNSで人気「ウサギの島」が背負った〝毒ガスの歴史〟大久野島を歩く

 

加害の歴史」北九州市の毒ガス工場 第二次世界大戦で旧陸軍が使用



 



 
 
 

 

 

 

日本軍の毒ガス戦と遺棄毒ガス問題


 

 

 

 

●『三光』     中国帰還者連絡会
日本鬼子(リーベンクイズ)

核時代39年(1984年)5月初版発行

 

あとがき
 
                                                             富永正三(中国帰還者連絡会会長)
 
しかし、私たちの態度が変わるにつれ、職員も政策の正しさに自信を持ち、職務に精励し、それがまた私たちに反映し、政府の方針と管制に当たった職員の個人的感情を乗り越えた高度の人道主義精神に触れて私たちは鬼から人間へ立ち帰ることができたのであった。
 読者の方々が本書に収録された手記によって、日本人は中国で何をしたか、戦争は人間を鬼にすること、また、中国人民が高い道義性を発揮して私たちを鬼から人間に生還させてくれたことをわかっていただけたら幸いである。
 最後にこの出版に当たって「まえがき」をいただいた本多勝一氏、森村誠一氏のお二人と出版を引き受けて下さった晩聲社和多田進氏、それから手記の発表にご協力いただいた会員諸氏に心から感謝の意を表します。
                          1984年3月
 

2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)

 

 

 

    

 

 

    

日米安保条約自衛隊を問う!!
自衛隊は、防護のためと言って、旧日本軍の細菌兵器・毒ガス兵器使用の反省・謝罪もないまま新たな生物兵器化学兵器を作っているのだろうか??憲法9条を持ち、生物兵器化学兵器禁止条約を批准しているにも関わらず!!


日本の毒ガス


 

 

 

(2021年2月4日)

在日米海軍厚木基地(大和、綾瀬市)で米陸軍が化学、生物、放射線、核(CBRN)の対応訓練を予定していることに対し、厚木基地爆音防止期成同盟(爆同)など関連4団体が4日、同基地正門前で抗議集会を開き、訓練の中止を訴えた。

 訓練実施は1月28日に、日米合同委員会で合意。防衛省南関東防衛局が大和、綾瀬市に連絡した内容によると、訓練場所は、同基地を共同使用する海上自衛隊が管理する区域内にある滑走路南端の約2万平方メートル。今月5日から9月30日まで使用することで合意した。

 米側は訓練への参加部隊に関し米本土所属と説明しているが、参加人員や日程については知らせていない。危険物の持ち込みや騒音の発生はないなどの情報提供にとどまっている。

 CBRNへの対応訓練は同基地で過去に例がなく、周辺住民に不安が広がっている。

 今月4日には同基地正門前に爆同など住民団体から約60人が集まり「危険な訓練をやめろ」などと声を上げた。爆同の石郷岡忠男委員長は「昨秋には迎撃ミサイル訓練があった。米空母艦載機部隊の移駐後に空いた施設を使った新たな訓練場になることを危惧している」と強調。基地司令官宛てに、基地の機能強化につながる運用などに抗議する要請書を提出した。

 
*CBRNとはchemical weapon:化学兵器、biological weapon:生物兵器、radiation:放射能物質、nuclear weapon:核兵器を意味する。従来はCBRだけで用いられることが多かったが、近年は核兵器Nを加えてCBRN(日本語ではシーバーンと発音する)として用いることが多くなっている。
 

●情報公開裁判
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?

- 731 部隊関連資料の情報公開裁判の傍聴支援をお願いします ー 
 
 
 
 
日本の国家機密』(現代評論社刊 1972年初版発行)

            藤井治夫著

第2篇  自衛隊の機密

第1章 作戦用兵

5  治安出動体制

60年代の出動体制強化

 陸幕は同年1月、東京・市ヶ谷基地に1個大隊の治安部隊を移駐させ、2月には「昭和35年度における治安出動準備に関する計画」を各部隊に示達、さらに4月20~21日には治安作戦の全国的CPX(指揮所演習)を実施するなど、安保闘争の高揚に備えて急ピッチに体制強化をはかった。そして60年5月4日には、防衛庁が 「自衛隊の治安出動に関する訓令」を定め、出動を準備するための情報の収集、出動計画の作成にはじまり、緊急時における出動待機、出動、撤収の手続きを詳細に規定したのである。これにより陸幕は、安保闘争最高揚期の6月14日、「アイゼンハワー大統領訪日に伴う処理要綱(案)」を完成し、万全の準備を整えたのであった。このとき東部方面各部隊は出動準備態勢に入り、全国各地から資材、装備が東京に集中されている。

 

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊

 

 

 

 


●『BC兵器』久保綾三著(1969年)

Ⅱ 自衛隊と生物・化学兵器―その思想と作戦

3,自衛隊における人体実験の疑念 

“人道的兵器”は存在するか

こうした考え方というものは、生物・化学兵器についてだけでなく、自衛隊の存在理由を強調する論理のすり替えが基底にあるので、吉田個人の考え方なり、あるいは単なる戦略戦術的思想に基づくものものでなく、自衛隊の、基本戦略思想に根ざしているのである。

 化学学校教官の加藤高明一尉も『化学学校記事』(第11号)で、次のように書いている。

「20メガトンの水爆による直瀬被害面積は190~260㎢で、Gガス(サリン)で260㎢一帯に打撃を与えるには、ちょうど5t必要であるのに比し、炭疽菌などの生物剤なら、わずか200㎏で8800㎢を汚染することが可能である。この範囲内で、水爆の場合98%の致死、Gガスでは30%の致死又は障害を受けるのに比し、生物剤では25~75%が発病する威力を持ち、又生物兵器核兵器及び化学兵器に比し生産設備費等安価であると米化学民間防衛委員会が発表している現状を見る時、我々はCBR防護に関し、更に関心を深め、より以上の研究心を持って、教育訓練に精励しなければならないと考える。」

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昭和天皇の戦争責任を問う!!


天皇万歳に浮かれる無責任国家  田中利幸より

重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。


 


 



昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)

吉田裕監修 

 

 

 

昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!


戦後補償問題に国家無答責という天皇主権の明治憲法下の原則を適用するな!!
  

     



第1部 皇太子の教育

1901(明治34)年―1921 (大正10)年

 

第一章少年と家族と明治の遺産

 

迪宮は、日本の近代史全体が、祖父とそれを助けた少数の有能な官僚を中心に築かれたと教わってきた。15歳のとき京都で即位するまでほとんど無名だった明治天皇は、最初の男子皇孫が誕生したときには日本中の崇敬を集めていた。この間に、君主制が伸張して政治的・経済的・軍事的権力を手中にする一方、日本の人民は「臣民」という新しい国家的な帰属性を獲得した。臣民とは、理念上全国民を天皇の「赤子(せきし)」と見なし、天皇をこの拡大された家族の両親(父であり母でもある存在)と考えて、天皇に絶対的な忠誠をささげ、奉仕することを意味する倫理的社会観念である。臣民はすべて、勤勉と競争を心がけ、国家の起源神話を尊び、神道をうやまい、国家への奉公と天皇への服従を個人の利益や快楽に優先させるべきものとされた。迪宮もまたこの同じ天皇イデオロギーのもとに、だがすべての忠誠と奉仕を一身に受けるという、臣民とは逆の立場で育った。

 

日本国憲法9条

第9条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】

①、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

②.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 

RENUNCIATION OF WAR Article 9.

Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation
and the threat or use of force as means of settling international disputes.

In order to accomplish the aim of 
the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained.
The right of belligerency of the state will not be recognized.

 

 

 

 

 

 

 



731部隊員が戦犯免責され、ABCC(原爆傷害調査委員会)に協力した。その結果、アメリカの原爆投下を日本政府は問うことは無く、また被爆者は、ABCCに治療されることもなかった。そして日米安保条約の下、核兵器の廃絶に日本政府は後ろ向きである!

 

日本には多くの被爆者がいるのに、日本政府はなぜ核兵器禁止条約に署名しない?

●地球の異常気象の最大の原因は、今までの2000回以上の核実験や原発事故などの放射能汚染で地球が壊れてきているからではないのか??米の原爆投下責任と核実験をしてきた国の責任を問う!!


※私が考える、今の異常気象の要因は

1、1940年代から60年代にかけて大規模に行われた、核実験による環境破壊の影響

2、都市化したコンクリートアスファルト)ジャングルによるヒート・アイランド現象

3、その結果による、交通機関(電車・バス・乗用車・航空機・船舶)やオフィス・住居などの冷暖房による排熱

4、自動車社会の排ガス

5、原子力発電による温排水の排出・・などに拠っているのではないか?

 

 

「日本が動かなければ」 核兵器禁止条約発効1年、各地で訴え

 

●地球を破壊する核実験

 

核兵器禁止条約

出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

核兵器禁止条約(かくへいききんしじょうやく、英語: Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons、TPNW)は核兵器を禁止する国際条約である。略称・通称は核禁止条約、核禁条約、核廃絶条約(英語: Nuclear Weapons Ban Treaty、Nuclear Ban Treaty)など。

2017年7月7日に国際連合総会で採択され、2021年1月22日に発効。

 

歴史

1996年4月、「モデル核兵器禁止条約」(Model Nuclear Weapons Covention, Model NWC, mNWC)という名の条約草案が、核兵器の廃絶を求める法律家、科学者、軍縮の専門家、医師及び活動家らが参加する以下の3つの国際NGOから構成されるコンソーシアムによって起草された。目的は、核軍縮の可能性を「法的、技術的、政治的要件に沿って検証する」ことであった。

1.International Network of Engineers and Scientists Against Proliferation、INESAP(拡散に反対する国際科学技術者ネットワーク)

2.International Association of Lawyers Against Nuclear Arms、IALANA(国際反核法律家協会)

3.International Physicians for the Prevention of Nuclear War、IPPNW核戦争防止国際医師会議

 

 

 「北朝鮮の核実験の威力」と「史上最強の核兵器"ツァーリ・ボンバ"の破壊力」【核兵器】




●核なき世界へ!!Toward a Nuclear-Free Future




核融合もすべきではない!!

核開発に反対する物理研究者の会通信
20170303 小出裕章先生にきいてみた!!〜土岐市核融合科学研究所 重水素実験について


なぜ、日本は広島・長崎・ビキニ・JCO臨界事故・福島と5度も被爆しているにに、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!!

       

      

 

原爆投下された直後、日本は自らが原爆調査をして、731部隊(人体実験や細菌戦)の事もあるので、アメリカの心証を良くしようと考えた。そして科学者を総動員して原爆調査(被爆者を救済するための調査ではなく、原爆の威力調査)を181冊の調査書にまとめて、英訳し、アメリカに渡した。その後、731部隊員は、731で研究したデータを渡し、戦犯免責を受けた。原爆調査書は被爆者の治療には全く生かされず、日本の医学界は、原爆の放射能被害については、何も言及しなかった。そればかりか、その後のアメリカの原爆・水爆実験も批判せず、その被害を過小評価した。そして日本政府が、原子力の平和利用として原発を推進する政策にも、大きく加担している。

XII) 731部隊、広島長崎、チェルノブイリ、福島より

・・第二次世界大戦中、日本軍は3000人もの医師たちが関わったとされる731部隊により、妊婦や子供まで含めた人体実験が行いました。極東裁判では捕虜虐待死の容疑で死刑に処された軍医幹部もいる中、731部隊関連者は訴追されませんでした。戦後、「研究データを米軍に提供すること」、さらにはなんと、「広島・長崎の研究に協力すること」を引き換えに免責されたのでした。

2010年のNHKの番組で、「(米国への研究データの提供のほかに)原爆調査への協力を731部隊の免責のカードとして使った」という元陸軍軍医の証言がありました。

封印された原爆報告書




水爆実験
水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した。
 

 

 
 

           

JCOの臨界事故


福島第1原発事故

核兵器廃絶
徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!

日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか
水俣病


731部隊(unit731)
昭和天皇の戦争責任を問う!!天皇制反対!