細菌戦の系譜!! 

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村 にほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
にほんブログ村 にほんブログ村 歴史ブログ 近代 明治・大正・戦前へ
にほんブログ村
政治ランキング
教育・学校ランキング
歴史ランキング 石井四郎の故郷を訪ねて沖縄の環境が危ない!! ●中国侵略戦争中国に於ける人体実験(伝染病研究所)第5回「戦争の加害」パネル展in横浜731部隊の罪業武蔵村山の国立感染症研究所問題!!731部隊 行動示す新資料・埋もれた公文書ABC企画委員会731部隊・100部隊展記憶の継承を進める神奈川の会 対話前に政治犯解放を 民主派「首相」が訴え―ミャンマー 「声上げたら解雇」は許せない!〜「多摩労務管理事務所」に仮処分守れと申し入れ 情報公開裁判 細菌(生物)戦争 米中の生物兵器開発? 20201107 UPLAN 西里扶甬子「生物戦部隊731研究の現在地~今を生きる日本人が知るべきこと」 「核兵器禁止条約」発効の意義と課題―今こそ、東北アジア非核兵器地帯を―湯浅一郎(ピースデポ代表) 核兵器禁止条約の署名・批准の状況 米軍厚木基地のCBRN訓練中止求め市民団体が抗議行動 浅川地下壕を歩く 昭和への挽歌   野崎忠郎 ビキニ核被害者救済支援と731部隊 毒ガスの痕 693陸軍病院と万人坑 「化学学校記事」情報公開裁判 3月3日(水)11:00~703号法廷 3月3日の『化学学校記事』の傍聴 日本の労働問題 「日本のコロナ対応にみる731部隊・100部隊の影 」 お話:加藤哲郎さん 「日本のコロナ対応にみる731部隊・100部隊の影 」 お話:加藤哲郎さん 中国人ビザ発給拒否・入国拒否裁判、東京高裁不当判決!! 日本でワクチンが出来ない訳は 731部隊被害者遺族を訪ねて(お話:大谷猛夫さん) .SDGs(持続可能な開発目標)17の目標の達成のために真っ先にやることは、世界の軍隊・軍備をなくすこと!! .ミャンマーのクーデターを見ても、軍隊は国民を守らない!! 加害の事実に触れない政府主催の全国戦没者追悼式反対!! 空襲被害者を救済せよ!! 忘れられた戦後補償 原爆初動調査 隠された真実 原爆・核実験・原発事故そして気候変動№2 日航機墜落事故の原因を究明せよ!! 《今も胸に 日航機事故36年》最期の様子、知りたい 生データ開示求め訴訟 夫を亡くした吉備素子さん 123便の残骸か…相模湾海底で発見 日航機墜落30年(15/08/12) 日航機墜落事故 【森永卓郎×倉田真由美】 日本航空123便墜落事故で分かった新事実 ミッテランはいかにして野党をまとめ、政権を奪還したのか 第6回 戦争の加害パネル展 (感想) 5月3日(月) 10、とてもすべてを受け止められないほどに充実した展示でした。歴史修正主義が跋扈する今の日本社会ですが、植民地支配と一体化した戦争体制国家の負の歴史を、抑圧された側の視点に共感を寄せながら凝視することが加害者の責任であることを改めて痛感いたしました。 2023年は関東大震災時の朝鮮人虐殺から100年を迎えます。ですが慰霊と反省どころか歴史的事実を歪曲し、未だに在日コリアンへのヘイトが後を絶ちません。そしてそれにお墨付きを与える政治家の存在。粘り強く事実の掘り起こしと継承する努力を続けていかねばと思います。 (男性、60代、市内、チラシ) ドイツと日本の謝罪の違い 731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第6回 「登戸研究所と731部隊」(お話:山田朗さん) 731部隊・100部隊の戦後責任 原告たちのあまりに理不尽な被害『JUSTICE 中国人戦後補償裁判の記録』(中国人戦争被害賠償請求事件弁護団 編著、高文研)評者:根岸恵子 昭和への挽歌   野崎忠郎 自衛隊における731部隊の記述 「部外秘 参考資料 CBR講習資料」11頁 作成日時不詳 陸上幕僚監部化学課より d旧日本軍の細菌戦活動 旧日本軍の石井部隊は又の名を関東軍防疫、給水、731部隊、加茂部隊、特25204部隊と呼ばれた。細菌戦闘専門の特殊部隊であった。隊の設立は昭和6(1931)年で満州の研究所完成は昭和10(1935)年である。日本軍細菌戦部隊の本拠は満州ハルビン郊外濱江省(ひんこうしょう)双城県平房の4階建近代建築でその中で遮断隔離の生活をしていた。設備は爆撃機(細菌撒布用)10機、1000kwタービン発電機2台である。この本部の元に、孫呉、海拉爾(ハイラル)、牡丹江、林口、大連の5支部があり、大連のものは大連研究所または松林機関とも言われていた。他の部課は細菌の攻撃方法、容器散布方法、防疫問題を研究していた。最も力を入れたのはヒタツリ菌(注:脾脱疽菌)であった。この菌を粉末にして榴散弾の70g位の鉛製弾子に混ぜ、これを砲弾内に詰め、炸薬が爆発すると弾子が飛散して人馬に感染さすようになっている。実験場所は731部隊研究所から北に300(?)㎞ばかりのアンダ飛行場を使用した。そして砲弾が爆発しても菌の40%は生きていること及び培養器に飛ばされた菌は確実に付着する事、負傷者は発病することが確認されている。1938年中国廬山の戦闘で日本軍が毒ガス、ホスゲンを使用したという2,3の細菌記録がある。この記録を持つ731部隊は1945年8月9日午前6時ハルビンの工兵、歩兵、砲兵によって徹底的に破壊され付属設備は地上から姿を消した。ソ連の対日参戦による退却の結果である」 長岡大学 研究論叢 第16号より(2018年8月) ・・・731部隊に関する概要が正確に記述されており、更に1938年に毒ガスを作戦で使用したことまで記している。これは化学学校の教育部長が、特殊課程の学生に講義した内容である。内容は事実であると確認して行ったと考えるほかはない。戦後自衛隊731部隊の実態とその活動を把握した上で、何ら反省することなく自衛官に「教育」してきたのである。また教科書裁判では日本政府は長きにわたり731部隊の活動の事実認定さえ回避してきたが、陸上自衛隊の内部教育資料にも明記されるほど、自衛隊幹部周知の事実だったのであり、日本政府は一貫して内外に虚偽の主張をしてきたと言える。 『日本医学百年史』1957年1月1日の731部隊の記述 日本医学界では731部隊の反省は戦後全くなされていないが、以下の書に731の記述が記されている。 『日本医学百年史』第4章 戦時体制下の医学 全体主義思想p236 「このようにして日本の医師の戦争政策への積極的な協力が行われていったのであるが、直接的な戦闘行為への協力の中で極めて非人道的な、目を覆わざるを得ないものに、細菌戦の準備があった。細菌戦の準備と実行を持った特殊部隊は、昭和10年(1935)夏、石井四郎を部隊長に満洲で編成され「関東軍防疫給水部」と称せられた。 昭和17年頃に「第731部隊」に昇格し、その研究、実験、製造は急に活発になった。(昭和14年ノモンハン事件に参加し、感状をもらっている)この部隊は細菌の製造、兵器としての細菌の利用、人体実験等を行い、施設として、常備爆撃機10機、1000kw発電機2台、隊員及び家族約6000名、年間研究費予算8000千円以上と言われている。 勿論、この部隊に多くの医学者が参加した。このことから、科学者としての責任の問題と同時に戦争責任が問題になってくる。  細菌戦準備への医学者の参加は、戦争責任の最も極端な場合として提起したわけであるが、このことの深い反省の上に戦後の再建も始められる必要があったし、現在でもなお問題とされねばならない。」 第3章 生物戦の愚かな第1歩は、日本の731部隊からはじまった 731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第1回 「731部隊と人権ー裁判から考える」(お話:南典男さん) 731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第2回 「人骨問題と731部隊」(お話:鳥居靖さん) 731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第3回 「731部隊と大連黒石礁事件」(お話:根岸恵子さん) 731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第4回 731部隊被害者遺族を訪ねて(お話:大谷猛夫さん) 731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第5回 「731部隊と100部隊」と「人獣共通感染症」(お話:今井雅巳さん) 731部隊の史実を語り継ぐ連続学習会第6回 「登戸研究所と731部隊」(お話:山田朗さん) パネル展「731部隊 戦前・戦後の医学」 ―医学と人権を考える― ビキニ水爆実験 1954ビキニ 被ばく漁船員の人生 岡村啓佐さんが写真集 過ち、繰り返させない ビキニ水爆実験で、日本政府は第五福竜丸以外の被ばくした漁船の乗組員たちの健康調査や治療をせず、54年12月にマグロの検査と廃棄処分を打ち切った。翌月、日米両政府は米国が200万ドルの見舞金を支払うことで政治決着。しかし日本政府は2014年、それまで「ない」と説明していた調査資料の一部を開示した。それを機に、周辺海域で操業していた同県内の元漁船員や遺族は16年「資料を故意に隠し、被災船員への健康調査や治療、救済をせず、生命や生活に深刻な損害を与えた」として国を相手取り提訴した。  核実験の被害を記録しようと岡村さんら原告支援者は17年、元漁船員と遺族の証言集を発行した。その中で岡村さんは「被ばく者たちの息づかいと人生を、写真で表現したい」と今回の写真集の制作を決意する。  つてを頼りにたどり着いた元漁船員の妻は「国が被ばくを隠さず早く検査していれば、夫を助けられたかもしれない…」と悔やんだ。夫は1976年に肝硬変と診断され、翌年にがんで死亡。40代だった。園児だった次男に、父親との思い出はない。被ばくとの因果関係は分からず、女性は「酒の飲ませ過ぎよ」という周囲の非難にも耐えた。岡村さんは「核がもたらした被害が闇に葬られたままでは、人の命をないがしろにする愚かな過ちが繰り返される」と確信した。  ビキニ事件の国賠訴訟の一審判決は原告の請求を退けたものの、元乗組員らの被ばくの事実を認定した。訴訟は高裁で係争中で、12月に判決が出る見通しだ。  レンズで捉えた被ばく者は全員80歳を超える。写真集の制作を始めた昨年1月以降、少なくとも5人が他界した。岡村さんは彼らに残された時間と闘いながら「NO NUKES(核は要らない)」と訴える。世界中の人に見てもらうため、学生ボランティアらの力を借り英訳も併記した。2200円。購入は平和資料館・草の家=088(875)1275。  (国崎万智) 宮川正教授は退官記念講義で731部員だったことを暴露されたより 元予研所長・長崎大学長の福見秀雄は731部隊関係者・CIA工作員で戦後も人体実験を続けたより 水俣病原因究明を妨害し被害を拡大させた日本医師会会長・田宮猛雄は、731部隊や戦後の人体実験にも関与した 2020「731部隊 戦前・戦後の医学ー医学と人権を考える」1 2020「731部隊 戦前・戦後の医学ー医学と人権を考える」2 2020「731部隊 戦前・戦後の医学ー医学と人権を考える」3 森友・加計問題などで公文書改ざん、事実の隠蔽などが問題になっているが、敗戦時の証拠隠滅、文書焼却、事実の隠蔽は、その比ではない!今も続く歴史改ざん!!            ※30年経過したら、すべての情報を公開せよ!! 隠された毒ガス兵器 あの小津監督も毒が売部隊に所属していた!! 『従軍日記』 小津安二郎 ※30年経過したら、すべての情報を公開せよ!! 「公文書管理を考える」(4) 磯田道史・国際日本文化研究センター准教授 関東大震災と朝鮮人虐殺「なかった」ことにしたい集会、誰が参加するのか? 新宿・謎の人骨100体・731部隊【歴史解説】 1989年7月22日、新宿で謎の人骨が大量に発見された 歴史改ざん(「風を読む」) 【日航機墜落事故の真相】 今の日本の実態!! 多摩労務管理事務所闘争に勝利するための9 26集会 ●今の日本人は、まさかと思うかもしれない。 今、世界中で猛威を振るっている新型コロナウィルス。これは、細菌戦(生物戦)ではないのか? 過去に、日本が中国で行なった細菌戦のように。(以下は現在分かっている細菌戦) 日本政府は、真摯に過去に向き合い、生物兵器を作ったことを謝罪し、今のこの難局に、立ち向かうべきだ!! 東大医学部を卒業、将来を期待される医学者でありながら、731部隊の恐ろしい体験から、そしてその731部隊に参加したという罪の意識から、戦後医学者の道を捨ててしまった男、秋元寿恵夫 731部隊員(第十課 血清班班長)秋元寿恵夫の言葉 「もしもバイオテクノロジーが軍事研究の魔の手に捕らえられた時の行き先がどうなるのかの危険性は、「ひょっとしたら人間の知能などを変える」どころか、さらには人類にとって取り返しのつかない害悪をもたらす生物兵器の出現につながっていくかもしれないのである。」 1939年 731部隊 ノモンハン戦争にて細菌戦(チフス菌、コレラ菌赤痢菌)を行う *1940年は皇紀2600年(神武が即位して2600年??)東京オリンピックや万博が開催される予定であったが、戦争の為中止!! 1940年 6月4日  731部隊、農安大賚・農安で細菌戦(ペスト菌)を行う 10月 4日   731部隊、衢州で細菌戦(ペスト菌)を行う 10月27日  731部隊、寧波で細菌戦(ペスト菌)を行う 1941年11月4日  731部隊湖南省常徳で細菌戦(ペスト菌)を行 1942年17月 100部隊は、ハイラルの北約120キロのソ連国境で行なった「三河演習」で鼻疽菌の生存期間を測定、炭疽菌の土 壌への浸透力の調査した  8月  731部隊湖南省江山、常山、衢県、麗水、江西省広信、広豊、玉山で細菌戦(ペスト、コレラチフス)を行う 1943年12月  100部隊第2部に細菌戦準備の第6科を設置

1929年11月7日昭和天皇陸軍軍医学校視察

731部隊は、石井四郎が、細菌戦の主犯ではない。小泉親彦陸軍軍医総監、宮川米次第5代東大伝研所長、大元帥昭和天皇がバックで指示を出していた。 NHKスペシャル 「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」 2017年8月13日 (後編) 731部隊の真実 人体実験はこうして拡大した 隊員たちの素顔 ●日本政府は、新宿戸山の軍医学校跡地(現国立感染症センター)から見つかった人骨の身元調査を早急にして、遺族に返還し、きちんと謝罪すべきだ!! 731部隊被害者遺族の訴え!! 東大伝研とは戦前、どんなことをやっていた機関なのか? この年、長與又郎、宮川米次、宮川の娘婿の岡西順次郎が中国へ出張しているが 何をやっていたのか?宮川の支那漫談とはどんな内容なのか? 実験医学雑誌第15巻雑報 雑報15巻7号【1931(昭和6)年】 6月中職員異動調 月日    異動事項   官職      氏名 5.22 昭和6年5月22日付け願研究生継続の件許可す 橋本了 5.30 大阪府下へ出張を命ず 嘱託  勝田遒 6.1昭和6年5月22日付願研究生入学の件許可す 技手   菅野拓三 6.10 北海道へ出張を命ず 教授  河本禎助 6.13 文官分限令第11条第1項第4号により休職被仰付 教授 石原喜久太郎 6.13 文官分限令第11条第1項第4号により休職を命ず 教授 石原喜久太郎 6.20 埼玉県下へ出張を命ず  技手  菅野拓三 6.20 帰朝          技手  黒屋政彦 6.29 任関東庁技師叙高等官6等  技手  長谷川秀治 伝染病研究所の写真は、『傳染病研究所』小高健著より この新型コロナウィルスがどこで作られたかは分からないが、細菌戦の系譜をたどると、 日本は、戦時中、1925年のジュネーブ議定書を無視して、中国で細菌を製造し、細菌戦を行なった。戦後、731部隊での研究データをアメリカに渡し、731部隊員は全員戦犯免責され、アメリカは生物戦の研究を本格的に始めた。 日本政府は、中国で行った細菌戦や生体実験の事実を、(日本の裁判所は事実認定をしている)未だに隠し続け、その事実を認めていない。勿論謝罪もしない。日本軍が中国に遺棄してきた生物兵器は戦後、どのようになったのだろうか? この新型コロナウィルスに影響しているのだろうか? 今、日本人は過去に犯した戦争犯罪を直視し、きちんと歴史事実に向き合う時ではないのか? 埋もれた細菌戦調査書 ●細菌戦裁判 資料集シリーズ・第8集(2002年10月31日) 「731細菌戦裁判・第1審判決特集号」の発行にあたって  本書第8集は、細菌戦裁判の第1審判決(東京地方裁判所民事第18部)の後、開催された判決報告集会、記者会見、意見交換会等での発言を編集したものです。 第5部 731細菌戦裁判第1審判決までの軌跡 ー疾風迅雷の7年間― ●日本政府は、731部隊の罪業を、公開せず、秘匿し、戦後全く無反省である!!最高責任者の昭和天皇も戦犯免責された!! 安倍晋三は何でこんな行動がとれるのだ??無反省のまま、ずっと生き延びられるのか?? 安倍首相の731戦闘機試乗 「止まらない挑発」の非難 2013年5月12日、安倍晋三宮城県東松島市航空自衛隊基地を訪問して、機体番号が‘731’であるアクロバット飛行団訓練機の操縦席に座りサムズアップして写真に収まった。 731部隊全景(中国に於いて人体実験を繰り返し、細菌兵器を開発し、中国各地で細菌戦を行なった。) 旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求めます! 731部隊新発見公文書の中身とは 細菌研究を明記 ●『1931 満州鞍山守備兵 斉藤準太郎の日記』 「1931」斉藤準太郎の日記 一月十四日 午前七時半起床。午前十一時より二十四時間衛生勤務。行軍には行くこと決定す 零下最低十五度 晴 風なし 島井を長として太子河張台子の帰路巡察を行う 友の鼻つまみて起す床の中 やい島井もう起きようぜ 島井起きんか―ウルサイナー自分先 起きろ  時間は正に七時半  お日様は今ようよう出たばかりらしい 軍都広島での物語 ●大江健三郎著 「ヒロシマノート」岩波新書(1965年発行) Ⅵ ひとりの正統的な人間 しかし、原爆が人類にもたらした影響については、20年後の現在も尚、理解不能の異様さ、奇怪さの拭い去れない部分があるわけだし、単純に、わけがわからない、と言うほかない状態もある。だからこそ、いつまでも硬化しない自由な想像力を持った医師たちが要求されるのであるが・・・・・ 原爆初動調査 隠された真実 唯一の戦争被爆国 日本政府は核兵器禁止条約に署名・批准してください! ●『細菌戦部隊』 731研究会編  1996年9月(核時代51年)初版発行 Ⅱ 関連部隊・支部 “特移扱”で中国人を731へ送った 憲兵隊の思想対策班長として大連事件にかかわった 三尾豊 憲兵 〈経歴〉 1913年生まれ 1934年1月~35年12月 歩兵第68連隊 1936年3月~45年8月 憲兵としてチチハル・牡丹江・大連の各憲兵隊に所属 1945年8月 捕虜となりシベリア抑留 1950年6月 中国戦犯管理所移管 1956年8月 起訴免除、釈放後帰国 ■この証言は埼玉(浦和)731部隊展(1994年10月)の『報告集』に本人が加筆したもの。 どのようにして“特移扱”を集めたか     その他、機捜工作というのがありました。機捜工作と言うのはこれも無線機の捜査ですが、憲兵が鉄道職員に変装して、各主要駅の倉庫長期間保管されている荷物の検査をし、そこから怪しい荷物を発見し、送り主、受け主の検挙をするわけですね。ソ連では私達の身長並みの魚がいっぱい獲れるわけで、当時のソ連は無線機を送るのに、魚の腹を割ってわたを出して、その腹に無線機を詰めて送り込んでいたんです。   ●証言 生体解剖(旧日本軍の戦争犯罪) 中央档案館 中国第2歴史档案館 吉林省社会科学院編 江田憲司 兒島俊郎 古川万太郎編訳 Ⅰ東北 1、黒龍江 片桐済三郎自筆供述書(1954年8月17日) 1936年6月中旬、ハルビン陸軍病院院長笹井秀広少将は教育主任渥美少佐、教官尾形大尉に命じて、医学研究及び新兵教育を目的として、よその土地から連れてきた中国人1名(40歳前後、男)を生きたまま解剖した。当時、私は教育を受けていた2等兵で、他の40名と共に教官尾形大尉の命令に従って手術室で実習した。人体の構造を研究する為に、私は手術台で直接解剖を行い、内臓を取り出し、彼を殺害した。(1)119-2、206、1、第5号 ●毒ガス戦 ・『日本軍の毒ガス兵器』  松野誠也著 第6章 アジア太平洋戦争期の毒ガス戦 Ⅰ、戦争初期の日本軍の作戦と毒ガス兵器の使用 開戦前の準備  まず開戦直前の1941(昭和16)年11月15日に、杉山元参謀総長は「大陸指代1014壕」で南方作戦を担当する南方軍司令官・寺内寿一大将に対し「特種煙及特種弾の使用については必要に当たり別に指示す」と伝達し(『資料集Ⅱ』資料37-18)、毒ガス兵器の使用についてはあくまでも大本営の指示によるいことを明示した。    ・『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店 1995年発行) 第6章 悪魔の兄弟たちの毒ガス網 関東軍化学部 当時関東軍化学部に勤務していた人は、みな自分が従事しているのは化学戦に関係のある仕事だという事を知っていた。なぜならば、この部隊に入ると必ず最初に特別訓練を受けねばならなかったからだ。この訓練は何回かに分けて行われ、そしてファッショ的だった。第1期の訓練では、隊員たちに各種毒ガスの臭いの特徴を記憶させたが、目的は将来毒ガスに遭遇したとき、直ちに的確な対応ができるためだった。しかし、訓練の方法は大変残酷で、教材を通して毒ガスの外見の特徴、匂い、味などの化学性質を理解するだけではなく、隊員たちは必ず自分の体で毒ガスを体験しなければならなかった。   毒ガスの工場の焼却 大久野島国民休暇村 日本軍の毒ガス戦と遺棄毒ガス問題 ●『三光』     中国帰還者連絡会編 核時代39年(1984年)5月初版発行 日本鬼子(リーベンクイズ) 女捕虜 乳房を銃剣で突く 新谷幸太郎(しんたにこうたろう) 分隊長、伍長 〈略歴〉 埼玉県の貧農の家に生まれ、高等小学校8年卒業、商店員を経て、元59師団53旅団第43大隊第4中隊伍長分隊長として終戦に至る。 何回となく顔にかけられたわらを払いのけた女は、満身の力を込めて左の手で大地を支えると、体を起こそうとした。ランランとして輝く女の眼が、銃剣を構えた私と田原を睨み殺すように見えた。 「畜生!!き、貴様はなんだ。最後まで反抗するか。ぶっ殺すぞ!!」 私と田原は震えてくる足をこらえ、女の胸元へ力任せにグイグイと銃を突き付けた。 女の口元が微かに動くと静かに口を開いた。 「私は八路軍だ、殺すなら早く殺せ」 日米安保条約自衛隊を問う!! 自衛隊は、防護のためと言って、旧日本軍の細菌兵器・毒ガス兵器使用の反省・謝罪もないまま新たな生物兵器化学兵器を作っているのだろうか??憲法9条を持ち、生物兵器化学兵器禁止条約を批准しているにも関わらず!! 日本の毒ガス 沖縄・南西諸島が軍事要塞化している現実はおかしくないか?? 「琉球処分」から140 今の沖縄を考える 米軍厚木基地のCBRN訓練中止求め市民団体が抗議行動 > 在日米海軍厚木基地(大和、綾瀬市)で米陸軍が化学、生物、放射線、核(CBRN)の対応訓練を予定していることに対し、厚木基地爆音防止期成同盟(爆同)など関連4団体が4日、同基地正門前で抗議集会を開き、訓練の中止を訴えた。  訓練実施は1月28日に、日米合同委員会で合意。防衛省南関東防衛局が大和、綾瀬市に連絡した内容によると、訓練場所は、同基地を共同使用する海上自衛隊が管理する区域内にある滑走路南端の約2万平方メートル。今月5日から9月30日まで使用することで合意した。  米側は訓練への参加部隊に関し米本土所属と説明しているが、参加人員や日程については知らせていない。危険物の持ち込みや騒音の発生はないなどの情報提供にとどまっている。  CBRNへの対応訓練は同基地で過去に例がなく、周辺住民に不安が広がっている。  今月4日には同基地正門前に爆同など住民団体から約60人が集まり「危険な訓練をやめろ」などと声を上げた。爆同の石郷岡忠男委員長は「昨秋には迎撃ミサイル訓練があった。米空母艦載機部隊の移駐後に空いた施設を使った新たな訓練場になることを危惧している」と強調。基地司令官宛てに、基地の機能強化につながる運用などに抗議する要請書を提出した。 *CBRNとはchemical weapon:化学兵器、biological weapon:生物兵器、radiation:放射能物質、nuclear weapon:核兵器を意味する。従来はCBRだけで用いられることが多かったが、近年は核兵器Nを加えてCBRN(日本語ではシーバーンと発音する)として用いることが多くなっている。 米海軍厚木基地 化学・生物・放射線・核訓練 共産党、国に中止求める ●情報公開裁判 なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか? ●『化学学校記事』 情報公開裁判 (第19回)  11月 10日(水)11:00~703号法廷 ●「衛生学校記事」情報公開裁判 (第29回) 8月25日(水)15:00~103号法廷 ◎「衛生学校記事」「化学学校記事」その他自衛隊に関する情報をお持ちの方は下記のアドレスまでご連絡ください。 連絡先:exhibition731@yahoo.co.jp 『日本の国家機密』(現代評論社刊 1972年初版発行 )             藤井治夫著 第二章国家機密の構造 3 外交機密の生態 暗号電報の仕組み 日本で暗号解読作業を実施しているのは自衛隊であって、主として陸幕二部別室が担当している。指揮下の部隊が配置されているのは北海道東恵庭通信所、埼玉県大井通信所、鳥取県美保通信所、福岡県太刀洗通信所などで、いずれも完全な覆面部隊とされていて、公表される基地・部隊名のリストには掲載されていない。後述する「陸上自衛隊第二次防衛力整備計画(極秘)」中に、その拡充新設計画が含まれている(第三篇300ページ参照)。これにより、すでに二次防で大井、東恵庭、稚内、小舟渡、美保の各拡充計画、南九州の新設計画がたてられていたことが判明する。 第4代衛生学校長だった金原節三が亡くなってから、遺族が、当時の防衛庁に寄贈した金原節三資料の中に13点の『衛生学校記事』が含まれている。それがいまだに未開示であり、その行方が防衛省は分からないという。 1995年に防衛研究所に衛生学校から金原資料の全部を移管した。翌年1996年には、その資料の中で旧軍資料の価値の高いものを、防衛研究所に残して、あとは衛生学校に戻した。 『金原文庫』はいつまで、衛生学校の彰古館に開設されていたのであろうか?その中に果たして『衛生学校記事』があったのか?また、金原資料はキチンと整理をされていたのだろうか?金原資料の中には『特殊武器衛生』というものもある。防衛省は、金原資料をすべて開示すべきである。 1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊 第4代衛生学校長 『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか? 金原節三(1901~1976) 陸軍省医事課長時代(1941.11~43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」 厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1 金原節三と細菌戦 金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。 細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。 金原節三と武見太郎 金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。 ※彰古館には、自衛隊関係の資料も保管している!! 『軍事史研究』2010年9月 軍事史関係史料館探訪(56) 陸上自衛隊衛生学校 医学情報史料室 彰古館 喜多義人 収蔵品の多くは、旧陸軍軍医学校由来の品々と医学文献であり、『大東亜戦争陸軍衛生史』編纂の際に寄贈された史料も所蔵されている。また、衛生学校にかつて開設されていた同校戦史室が収集した戦史史料、戦後の警察予備隊から保安隊を経て陸上自衛隊に至る草創期の衛生科部隊の行動史、研究報告なども含まれている。 ●『BC兵器』久保綾三著(1969年) ※以下の記述から、自衛隊では、いま世界で流行している新型コロナウィルスなどの生物兵器の研究も大分以前からやっているといるのではないかと思われる。 Ⅲ 日本における生物・化学兵器の歩み 2、 生物・化学兵器の種類と特性 生物兵器の種類・使用方法 (3)細菌 ①細菌は、顕微鏡を用いなければ見ることのできない微細の単細胞で、葉緑素を持たない植物様の生物である。②自然界に広く分布しており、約2000種の細菌が識別されているが、病原性を有するものは約100種である。③細胞の大きさは、0.5~10ミクロンであり、形状によって、更に次のように分けられる。a桿状菌、b球状菌、cラセン状菌。 (1)リケッチャ ①リケッチャは、細胞内に寄生する場合は細菌に似ており、増殖のため宿主からの栄養摂取は、ウィリスに似ている。②リケッチャは通常、細菌濾過器を通過しない。(非濾過性病原体)また、グラム陰性で芽胞は形成しない。③熱、脱水、消毒薬等により容易に死滅する。④大きさは0.3~0.5ミクロン、幅0.3ミクロンである。 第5代衛生学校長 井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身 1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1938年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】 第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任(『大東亜戦争陸軍衛生史』を編纂するため、膨大な旧軍資料を集め、又戦後に日本独自の細菌戦部隊の復活させようとしたことが原因か??)になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を解任され、その後を井上が引き継いだ。 井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。 又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。 東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。 ※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。 1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。 南方軍防疫給水部(岡9420部隊) イタイイタイ病を究明した男 萩野昇驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く水俣病問題小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去小泉親彦と宮川米次の絆ヒロシマからフクシマへ宮川正「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—ビキニ「死の灰」世界各地へ自衛隊とサリン相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場日本の国家機密兒嶋俊郎さんを偲ぶ 昭和天皇の戦争責任を問う!! 天皇万歳に浮かれる無責任国家  田中利幸より 重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。 昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)吉田裕監修 2001年ピュリッツァー賞受賞 ※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!! 戦後補償問題に国家無答責という天皇主権の明治憲法下の原則を適用するな!! 第4部 内省なきその人生 1945(昭和20)年―1989(昭和64) 年 第16章 神秘性をとりもどす 敗戦を希望の光に転じようとしながら、天皇は国の最高指導者たちに、彼らにとっては周知の事実を何度も述べている。すなわち敗戦は、彼らが敵と協同して穏健な改革を進めるという良い結果をもたらした、という認識である。敗戦1周年に当たって、天皇葉山御用邸で〔首相吉田茂以下閣僚に〕、「日本が負けたのは今度だけではない。昔(7世紀)、朝鮮に兵を出して白村江(はくすきのえ)の1戦で一敗地に塗れたので、半島から兵を引いた。そこで色々改新が行われた。これが日本の文化の発展に大きな転機となった」ことを思い出させている。 日本国憲法9条 第9条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】 ①、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、 国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、 国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 ②.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、 これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 RENUNCIATION OF WAR Article 9. Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order,  the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes. In order to accomplish the aim of  the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized. 小泉親彦と昭和天皇近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~近代天皇制の真髄は福沢諭吉神武と戦争 憲法9条を生かそう!! 731部隊員が戦犯免責され、ABCC(原爆傷害調査委員会)に協力した。その結果、アメリカの原爆投下を日本政府は問うことは無く、また被爆者は、ABCCに治療されることもなかった。そして日米安保条約の下、核兵器の廃絶に日本政府は後ろ向きである!! 日本には多くの被爆者がいるのに、日本政府はなぜ核兵器禁止条約に署名しない? ●地球の異常気象の最大の原因は、今までの2000回以上の核実験や原発事故などの放射能汚染で地球が壊れてきているからではないのか??米の原爆投下責任と核実験をしてきた国の責任を問う!! ※私が考える、今の異常気象の要因は 1、1940年代から60年代にかけて大規模に行われた、核実験による環境破壊の影響 2、都市化したコンクリートアスファルト)ジャングルによるヒート・アイランド現象 3、その結果による、交通機関(電車・バス・乗用車・航空機・船舶)やオフィス・住居などの冷暖房による排熱 4、自動車社会の排ガス 5、原子力発電による温排水の排出・・などに拠っているのではないか?   ●核実験(ウキペディアより) 若くして白血病で亡くなった夏目雅子本田美奈子、また五輪候補選手だったスイマーが白血病になったのは、放射能の影響ではないのか? 月の砂漠の犠牲者 夏目雅子と本田美奈子 核実験 出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』 歴史的重要度の高い核爆発・核実験 核兵器禁止条約(かくへいききんしじょうやく、英語: Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons、TPNW)は核兵器を禁止する国際条約である。略称・通称は核禁止条約、核禁条約、核廃絶条約(英語: Nuclear Weapons Ban Treaty、Nuclear Ban Treaty)など。 2017年7月7日に国際連合総会で採択され、2021年1月22日に発効。 署名国・批准国 2021年1月22日現在の署名国と批准国。 署名国            署名日             批准日 (締約日) マダガスカル       2017年9月20日 マラウイ         2017年9月20日 マレーシア         2017年9月20日          2020年9月30日 モルディブ         2019年9月26日          2019年9月26日 マルタ            2020年8月25日 2020年9月21日 水素爆弾の恐怖・ビキニ環礁 (アメリカ) 「北朝鮮の核実験の威力」と「史上最強の核兵器"ツァーリ・ボンバ"の破壊力」【核兵器】 ●核なき世界へ!!Toward a Nuclear-Free Future核融合もすべきではない!! 20170303 小出裕章先生にきいてみた!!~土岐市核融合科学研究所 重水素実験について日本政府・自衛隊は情報を公開せよ!!(情報開示!!) 今年も8月12日がくる──。33年前 520人が犠牲になった日航機墜落、遺物の化学分析で判明した事実とは? 中曽根元総理が知る日航機墜落事故の真実とは?墓場まで発言の真意を調査! ここの研究所は、どんなことをやっているのだろうか?? ●国立感染症研究所村山庁舎(武蔵村山) ●1954年3月1日第5福竜丸他1000隻もの船が被曝!核兵器廃絶!! なぜ、日本は広島・長崎・ビキニ・JCO臨界事故・福島と5度も被爆しているにに、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!! 原爆投下された直後、日本は自らが原爆調査をして、731部隊(人体実験や細菌戦)の事もあるので、アメリカの心証を良くしようと考えた。そして科学者を総動員して原爆調査(被爆者を救済するための調査ではなく、原爆の威力調査)を181冊の調査書にまとめて、英訳し、アメリカに渡した。その後、731部隊員は、731で研究したデータを渡し、戦犯免責を受けた。原爆調査書は被爆者の治療には全く生かされず、日本の医学界は、原爆の放射能被害については、何も言及しなかった。そればかりか、その後のアメリカの原爆・水爆実験も批判せず、その被害を過小評価した。そして日本政府が、原子力の平和利用として原発を推進する政策にも、大きく加担している。 XII) 731部隊、広島長崎、チェルノブイリ、福島より ・・・第二次世界大戦中、日本軍は3000人もの医師たちが関わったとされる731部隊により、妊婦や子供まで含めた人体実験が行いました。極東裁判では捕虜虐待死の容疑で死刑に処された軍医幹部もいる中、731部隊関連者は訴追されませんでした。戦後、「研究データを米軍に提供すること」、さらにはなんと、「広島・長崎の研究に協力すること」を引き換えに免責されたのでした。 2010年のNHKの番組で、「(米国への研究データの提供のほかに)原爆調査への協力を731部隊の免責のカードとして使った」という元陸軍軍医の証言がありました。 封印された原爆報告書 水爆実験 水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!! JCOの臨界事故 福島第1原発事故 ●核兵器廃絶 徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ! ●「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日~5月3日「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 水俣病731部隊(unit731)昭和天皇の戦争責任を問う!!天皇制反対!!